Thursday October 15, 2009 at 19:52

いま現在の状況よりも、僕はかなり前からGMの取締役会などで、「早く電子GM=e-GMをつくれ」と言っていたんですよね。
 いまの日本でも同じことがあてはまるのではないか。優良企業の新たな成長は「第2」にある、と割り切ってみる。リクルートも「第2リクルート」をつくれば良い。ネットしか読まない人しか集めないとか、そういうようなトライアルをやってみた方がいいですよ。
 だって「日経ビジネスオンライン」も結局、紙に対してのアンチテーゼでやっているわけでしょう。

 —— いや。「アンチテーゼ」ではありませんよ(笑)、共存共栄のメディアです(笑)。しかし、「第2トヨタ」という発想は面白いですね。既存のものを活性化する前に、第2の創業的なもので始めるしかない。ゼロから本当につくるぐらいのプロセスを踏まないと。
 出井 そう。閉塞を打ち破るという意味では、ゼロからスタートするしかないわけですし、まずは旧体制のことなど考えずに、新しいビジネスを先に走らせてしまってやっておいて、徐々にこっちに本業がシフトしてしまうという、そういう方法がユニークだと思うんです。旧体制を抜本的に作り直すのは本当に難しいことで、企業でも一流であればある程これまでの蓄積が大きく、強くなり、変えるのが難しくなるんです。


 閉塞感が渦巻いている状況はほんとうに問題で、日本がインターネット分野でなぜこんなに乗り遅れているか、インターネットでどうしてなかなかいい会社が出てこないのか、という課題にも、この国の閉鎖性が表われている印象があります。
 例えば東京は20世紀型の都市としては世界に類を見ないきれいで効率的な都市ですが、それを作り変えて継ぎはぎで21世紀型の都市をつくるのは無駄が多過ぎる。むしろ「第2東京」をつくるぐらいの都市マネジメントというか、アーバン・マネジメントが必要だと思います。
 すべてをいっぺん見直すということをやることがポイントですよね。

 —— 都市もビジネスも、もう一度、新しく創り直す。
 出井 あくまでも仮の話ですが、「第2東京」を千葉県の木更津から成田のあたりに建設してしまう。あそこはアクセスが非常によいエリアです。オリンピックよりも(笑)、あそこに新しい首都をつくる。水位が10メーター上がってもいいように、全部10メーターぐらい高く設計してしまう。
 で、福岡は「第2福岡」をつくれば、カリフォルニアみたいなユニークな街とビジネスが生まれるかもしれない。
 この考えを敷衍させると、もういっぺん公共事業を日本で始めることになります。それをNとか、Jとか社名がついている会社に頼む(笑)。

今こそ「ゼロベース」で発想するタイミング

 —— 出井さんはソニーの時代も新しい会社を、このようにゼロベースから発想するスタイルで進めておられたのですか?
 出井 そうです。そしてそこから伸びてきたのは、プレイステーションのソニー・コンピュータ・エンタテインメントであり、インターネット事業をおこなうソネット・エンタテインメントでした。新しくつくったところが伸び、そしてそこに新たなビジネスドメインが生まれたわけです。今では、その新たなビジネスドメインを中心に、旧来の事業部が再編されつつある。
 つまり、古い人を変えようと無理してはいけない。古い人を温存しつつ、新しい人や分野を大きく伸ばすということを日本はやるべきだし、一番やりやすい考え方だと思うのです。

My Yahoo! - ニュース

Thursday September 24, 2009 at 11:08

“渋井 確かにそうですよね。環境適応するために、自分自身が持っているリソース(資源)を駆使して生き延びていく、ということを動物はみなしています。そしてそれには感覚と知性の両方を使うことが求められます。 清野 アタマで考える理屈以前に、生き物としての感度がまず問われる、ということですか。 渋井 ええ。現代人は、資本主義というジャングルの中で、何とか生き延びていかねばならない。人間の欲望が動かすその世界は、脳がひねり出すロジックだけでは見切れませんから、その適応力はもしかしたら女性の方が強いと思います。”

「あなたの夫は何故モノを捨てたがらないのか」:日経ビジネスオンライン

Sunday September 13, 2009 at 19:39

“さらに野沢氏は、自然の生態系には普遍的な掟(ルール)があり、その自然法則とは何かを具体的に言えば、
「たすけあいですね。自分に都合のいいことは、人には悪いということですね。人のためになって喜ばれることです。相互扶助であり、共存共栄ですね。他人の犠牲において個人のみが栄えることは許されない」と答えている。”

main

Sunday September 13, 2009 at 19:39

“「だから、人間の場合、心の持ち方いかんが環境になってくるんですね。幸福であることも、健康であることも、全部心から出発しているんです。環境が絶対いいからといっても、環境と個体の生命とは相互作用していますから、心の持ち方によって、この環境がいいと解釈すれば、それをいい環境としてとらえます。ある人をいやな野郎だと思っていると、その人がいいことを言っても、それを否定してしまいますね。また、難しい環境や問題を人から与えられても、それを乗り越えることによって、自分の能力が磨かれるんだというふうに考えたとき、それは非常にありがたい環境に変わってきます。環境の良否に絶対性は一つもないわけです。自分の心が環境の良し悪しを決めるんですから」”

main

Sunday September 13, 2009 at 10:08

“ かつてに比べて賢くなった消費者がいまや求めているのは、「価格」と「価値」とのほどよいバランス、つまりは「値頃感」だ。しかも時や場所に応じたメリハリの利いたお金のかけ方にも長けている。それらのどこにセグメントするかでブランドの盛衰が決まるのが今日といえるだろう。単に不況の影響というだけではなく、1人のデザイナーの個性や感性に大きく依存した高級ブランドは、今後ますます生き残りが難しくなるのかもしれない。”

【スクープ】ヨウジヤマモト、身売りを検討:日経ビジネスオンライン

Tuesday September 08, 2009 at 10:42

“「われわれが人生の意味を問うのではなく、われわれ自身が人生の意味を問われているのであり、答える責任があるのだ」(ヴィクトール・フランクル『夜と霧』”

「問題解決力」を高める思考スキル(1)

Thursday September 03, 2009 at 12:17

“仕事ができる、というだけでトップになる人は少なくない。だが、トップになるということは、社員を大切に思う気持ちとそのメッセージを送り続ける責任を担うことだ。どんなに仕事ができても、「それができないトップは失格だ」とわかっている人は、どれだけいるのだろうか。  社員を大切にしなくてもトップにはなれる。でも、そんな会社の将来は明るくない。だが、まずはどんな時にも一貫した態度で社員に接し、社員に安心感を持たせることができる会社は、絶対に強い。だって、会社を支えるのは、トップではなく、そこで働く社員たち、そのものだからである。”

「社員は“家族”です」の嘘っぱち:日経ビジネスオンライン

Thursday September 03, 2009 at 11:40

“人間にとって、最もやっかいな感情は「不安」だ。
 不安には、生きる力を弱める働きがある。特に先行きの見えない不安は、マイナス方向にひっぱる最悪な感情だ。一方で、「安心」は、人間の能力を最大限に引き出し、困難に立ち向かう前向きなエネルギーとなる。”

「社員は“家族”です」の嘘っぱち:日経ビジネスオンライン

Thursday August 27, 2009 at 12:50

なぜ20代の若者は自民党を支持するのか。

で最近の選挙で常に自民党や与党系候補を支持する傾向の強い20代をキモいとコメントしたら、さすがにお叱りを受けた。

確かに今回の補選でも他の世代より自民党候補への投票が多かっただけで数の上では、50%に満たないわわけだし、誰に投票しようと、どの政党に投票しようが、それを批判してはいけないことだ。不適切な発言えあったとこの場を借りて謝罪したい。  お叱りをいただいた、id:synonymous さん曰く「20代は小泉旋風の中で自己を確立したから、その中でも政治意識が強い層で自民党支持が強いのもわかる気がする。」と言っている。私は始めて選挙権を得た時の選挙が宮沢内閣が崩壊し細川政権が樹立した時の選挙で、自民党政権が音を立ててくずれた瞬間に強烈な快感を享受して、未だに自民党政治を終わらすことが是であるという神話を信じているフシがある。始めての選挙のインプレッションは強烈である。郵政選挙で小泉自民党が圧勝するシーンを強烈に快感と感じた世代は、それを暫く引きずるのは理解できるし、自民党がすっかり小泉時代から変質してしまっても、なかなか期待を捨てきれないというのも理解できる。

 20代が自民党或いは与党系候補者を支持する理由として他に2つの仮説がある、一つはいわゆる失われた世代の反団塊・反労組・反サヨク・反民主党感情である。これは昨日の朝生ネタでも触れた通り、田原総一朗の常套の煽り文句として知られる。団塊世代が既得権益を保持している煽りを若者が受け、それに労働組合が加担し、その支持を受けているのが民主党だというお話だ。

私も20代の頃はネオリベ被れで、働かない中高年社員はどんどんリストラしろと思っていたので気持ちはわからなくもない。ただ私が20代の頃は自民党より新自由主義色の強い野党が存在し、ちょうど自民党に新自由主義のボールが渡った頃には、新自由主義に疑問を持つようになっていたので、たまたま自民党支持にならなかったが、もう少し醒めるのが遅ければ私も自民党支持者になっていたかも知れない。確かに初期の小泉政治には私も親和的だったが、候補者がたまたま土建屋丸出しで酷かったので自民党には入れなかったという経験がある。

 ただどうであろう。新自由主義は中高年を苛めてくれるのでせいせいはするが、決して若者にチャンスを与えてくれる訳ではないことに、ほとんどの人が気づいているのではないか?それに公務員や団塊の世代を悪者に仕立て上げて、弱者の不満の矛先を向けさせることにより、本当の既得権者を守る。つまり下層民の不満を中間層に向けさせ、上流階級は雲の上で胡坐をかくという為政者の嫌らしさに多くの人が気づいている。

それに今の自民党は小泉時代とはすっかり性格がかわって、守旧派が闊歩する既得権益を代表する政党に先祖帰りしている。今の自民党を支持する理由として、上記の説明はもはや不適切である。それでもなお自民党を支持する若者が多いのは、先述した小泉時代の遺産か、後述する理由が考えられる。

ただ時たま、大阪府の橋下知事のような小泉時代の幻影のような候補者が出てくると、若者の支持は一点に集まる。この辺は留意した方がいい。

 もう一つは、なんやかんや依存する先がある人が自民党を支持するという説である。つまり就職しても親から小遣いをもらっている人。扶養されることに慣れきった専業主婦、子供に扶養されている高齢者などで自民党の支持率が高いという説である。確かに就職しても親から小遣いをもらっている人も多い20代で極めて自民党支持が高かったり、高齢者で自民党支持が高いというのはその通りなのだが、専業主婦よりキャリア志向の女性で自民党支持が強いという調査もあり、この辺はやや疑問のある仮説である。

Thursday August 27, 2009 at 12:43

自民党支持のネット世代の執拗な民主党批判

ネット世代で自民党を支持している連中は 民主党が嫌いだから自民党を支持している ことが多いと思う。在日だとか批判するが 公明党との連立からは目を背けるいい加減 さとは何だろうか。無論民主党も未熟だが 自民党を支持する理由がよく分からん。

Thursday August 27, 2009 at 12:17

米国の近代をふり返ってみると、1929年に大恐慌が起こったが、この頃のもっとも富裕層にかかる税率は24%程度だったが、33年には公共投資を実施するために、最高税率を67%に引き上げられている。

 ここで経済格差が小さくなったのだが、戦争による特需もあり、景気は大きく回復することになった。最高税率を上げたおかげで、一般市民の消費性向が増して、テレビや冷蔵庫、洗濯機、自動車などが売れて、各関連企業が空前の利益を上げたのだった。

 つまり貧富の格差が小さく、総中流化した社会のほうが、商品が売れて経済が活性化するということだ。心理学的に見ても、貧富の差が小さい社会のほうが、労働意欲がわき、実績も上がりやすい。

 日本でもほんの十数年前までは累進課税が厳しく、会社員の間でも、部長と平社員の給料の差はほんの数万円程度しかなったが、労働意欲は旺盛であった。マラソンでも前方を走る人の背中が見えれば、ますますやる気が出て、追いつき追い越そうと真剣になるものである。

 それが、貧富の差が開き、年収にも100倍以上の差ができれば、労働意欲や上昇志向が減退して、いまのままの地位で休暇を取ったり、趣味に時間を割いたほうが楽しいという具合になりかねない。

 中には、100倍、1000倍の競争率でも生き残って、ITや金融関連事業で成功者になり、何百億円の資産を手に入れる人もいるが、それは極めて稀な例である。

 そのために、詐欺的な手法を用いたり、脱税まがいの会計手法を使ったり、非合法な企業経営に手を染めることになりかねない。

Wednesday August 26, 2009 at 18:40

“今、僕たちは、問いには答えが返ってくるという環境に慣らされているわけです。現代社会では、その答えさえも、シンプルな○×式になってしまっている。これはやっていいことなのかいけないことなのか、一刻も早く答えを見つけ出さなきゃいけないと強く思い過ぎてしまっていて、自分で「これは○ではない、なぜならば・・・」と考えたり、実際にトライをするという試行錯誤の過程をすっ飛ばして、誰かに正解を答えてもらうことが当たり前になっている。もっといっちゃえば、「正解がある」ということが、無前提に信じられてしまっている。”

新人が自分で育つ組織を「開き直り」で作り出せ!:日経ビジネスオンライン

Wednesday August 26, 2009 at 13:58

前に「クリエイティブな組織にはルールが絶対な人を入れない」とは言いましたけど、これもね、僕がルールというもの自体を嫌っているから、強く反応しているのだと思うんですよ。

 でも、当たり前ですがルールなしには会社も経済も動きません。

 現代社会がすでにルール社会ではあるわけで、作品を作るにしても、創造のカオス状態からスタートしても、最後のアウトプットには、ルールが必要なんですね。納期であり、目標値であり、予算に対するペイラインでありという。だから最後のアウトプットのエリアに近いところに、ルールが好きな人を配置すればいいんだなと。

 「作品」を「商品」にするための軌道修正をかけるときには、ルールが大事だと思っている人とペアを組む。もしくは、最初からチームを組んで、製品化なり、メディア化していくといいんじゃないかという。

 以前は自分の中で、ルールというものに対して、「自由な思考を押さえつけるもの」みたいな偏見があったんですけれども、何でも自由にすればうまくいくわけでもないという。現代社会との適用性としてのルールの大事さが、やっとわかってきたんですよね、あらためてですけどね。

中核から離されたら、ラッキーと思え:日経ビジネスオンライン

Wednesday August 26, 2009 at 13:49

“—— でも社員は、管理がないと不安になりもしますよね。ああ、自分は管理の手を離れてしまったんだ、と思うと。 河森 そうです。それは日本の教育が、人を管理しやすいようにセッティングされているから。でも、本社に対して忠誠を尽くさないと社員が出ていってしまうという魅力のない会社をつくったのが失敗のもとなわけであって、会社に魅力がなければ出ていけばいいのであって、社員も流動したっていいんですよね。”

中核から離されたら、ラッキーと思え:日経ビジネスオンライン

Wednesday August 26, 2009 at 13:44

“「あ、これでいいんだ、価値観ってこんなにも多様でいいんじゃん」”

中核から離されたら、ラッキーと思え:日経ビジネスオンライン

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